| 水田や稲に関する新しい発見 |
| 1978年 |
福岡県の板付遺跡(いたづけ)(当時の弥生時代前期初め=紀元前3世初めの遺跡)で、これまでの水田跡の40センチ下の地層から、さらに古い水田跡が発見される。 |
| 1980年 |
福岡県の曲り田遺跡(まがりた)から、縄文時代晩期の竪穴住居が多数発見され、その中から多数のモミが発見される。 |
| 1981年 |
佐賀県菜畑遺跡(なばたけ)の縄文時代晩期の地層から水田跡が検出される。紀元前5世紀ころの水田跡と推定された。 |
| 1985年 |
大阪府茨木市牟礼遺跡(むれ)で、紀元前4世紀のものとされる幅6〜7mの水路と井堰と取水口が発掘された。発掘面積が狭いため、水田跡は発見されなかったが、近くに水田跡があることが確実視される。 |
| 1986年 |
岡山県岡山市江道遺跡(えどう)で、紀元前4世紀の水田跡などが発見される。 |
| 1992年 |
以前から、九州では縄文土器の中に稲のモミの圧痕(モミが押しつけられた痕跡)があるものが発見されていたが、新たに岡山県総社市の南溝手遺跡(みなみみぞて)で、縄文時代後期末の形式の土器にモミの圧痕が発見された。、 |
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※寺沢薫著『日本の歴史02 王権誕生』(講談社 2000年)P22−24 |